ラパヌイ棲息十余年 甲斐性なしの独り言

ボヤいた日

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PAIHEŋA

噺手:PAIHEŋA
宙ぶらりんな四十絡みの迷いゐぬ。

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あ~ふ・お・ばえ 

6月4日
6月2日夜。 「明朝日本の漁船から急病人が降りるんだよな」 と知人のおっさんから電話。
コレで何度目かな? 付き添いとして出向する事に。

翌3日、患者さんと病院で合流。診察の通訳に。
この類の仕事の場合、絶対安静だと言われんばかりの退っ引きならん容態であるのが殆どなんだが今回はちょっと違う。持病に気を付けるべしと促しつつも直ぐにでも帰国可、食事制限特になし、入院並びに緊急の加療の必要もないとお医者さん。成る程見て話した限りでも重篤じゃなさそうではあった。

ってなワケでワシの働くホテルへ連れて行く。その日の便が出ちまった後で1泊はしなけりゃならん。
ハイシーズンの喧騒も過ぎ去った時期なんで問題なくチェックイン。

ワシを呼んだおっさんから夕食も付き合ったれとの指令。
村のとあるレストランへ案内して一般的な飯を一緒に喰う。ソレまで数日控えとったそうで美味かったと満足気。

4日昼前、日本までの移動手配完了との報せ。
島を発つ15時頃まで、折角だから観光もしたいと患者さんからまさかのご依頼。流石にワシの独断で可否を下すのは気が引けたモンだから病院と保険会社と遣り取りしとるおっさんとに伺いを立ててみる。

「重病じゃないしまして虜でもないんだから問題なし。希望通り楽しんで貰えば?」
ハァ、そういうモンなんすかねぇ…

まぁ時間も短く限られとったんでデッカいモアイさん達が集中する処のみ、2ヶ所に限定して無理せず訪ねてみる。
穏やかな曇りで雨はなし。こんくらいのほうが身体への負担は軽いかと。

そのまんま空港、サンティアゴへ。
こういう時ゃどう表現すべきなんでしょかね? ご来島ありがとさんとは違うよなぁ…
兎に角無事にご帰宅されたか気懸りではありますね。お大事になさってくださいな。

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2019年06月30日 19:34|雑記トラックバック:0コメント:0

へ・まなう 

5月26日
5月25日、3名様到着。
うちお1人は86歳だそう。世界一周中だとか。お元気ですねぇ。

ホテル着後にツアーのご依頼。有り難い事ですよ。
コッチに予定のない翌26日に朝から終日島巡り。

当日、ガイド証を入れたカメラバッグを忘れるという痛恨のミス。
気付いたのはひとつ目の観光ポイントに着く頃。どうして忘れたんだろ? いつも絶対に持ち歩くのになぁ…

島で長く働いとるんで証の提示を求められる事は先ずないんだが。
にしたってやっぱ心配だ。昼頃トイレ休憩で村に戻った折に自宅にも寄って回収。恥ずかしいトコ見せちまいましたね、ヤレヤレ…

朝のうちは多かった雲、正午を回った頃からドンドン退いて、終盤にゃ見事な快晴。
午後のほうがデッカいモアイさん達の正面に旨く陽が当たる。つまりハイライトはベターな天候で観光。失態をフォローできたか知らん? 他力本願だったけど…

その次の日、27日はタヒチからの日本人メインのチャータ機来島が見込まれとって出動する手筈だったのが、タヒチサイトの都合によってギリギリで不催行。
ラパヌイは肩透かし。イキナリワシは暇。

ソレが予め判っとったら2日間ジックリと巡れたかも知れんですけどね。3名様にゃ申し訳ない気持ちもあるけれども、ソレが観光業の性。仕事の大小問わず予約の早い順に承るってのが最も失礼のない姿勢と判断しとるワシとしちゃ特に、できたけどできんかったってのは稀にであれ有り得る事象なんですわ。

んなのに固執しとるから、ワシゃいい歳して甲斐性なしなのかも。
でも今更変えられん。

尤もお3方は、年配の方を擁する状況で治安の好い処にて1日観光なしで休めたのが喜ばしかったようですが。
成程詰め込みゃ成功ってワケでもないよなぁと、そんなコメントを頂いて気付かされる。サービスアテンドってのはケーズバイケースなんだと改めて思い知らされもした次第。

3名様は28日の便で、サンティアゴを経由しつつ帰国の途に。
なんか最終的に、いろんな意味で好転した模様。

未だ未だ学ぶのを疎かにしちゃならんなぁ。
ご来島ありがとさんでした。

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2019年06月23日 21:52|雑記トラックバック:0コメント:0

かんせら~ど 

6月14日
本日6月14日。サンティアゴから来る筈だった航空2便が、ラパヌイの天候不順でどちらも欠航。
島時間の正午過ぎになると、ラタムのサイトに “Cancelado (キャンセル) ” と。


6月14日
同サイトによると、それら2便は翌15日に振り替えられた模様。
既にコッチに居る観光客はどうしたって離島せにゃならんもの。他に手立てがないワケで、単に飛ばさないじゃあ済まないわなぁ。

恐らく、
14日の LA843-844往復便 → 15日の LA1101-1102往復便
14日の LA841-842往復便 → 15日の LA1103-1104往復便
って具合になるんじゃないかと。

ウチのホテルにも強制的に延泊となっちまった方々が幾人か。災難ですよねぇ…
しかしコレばっかりはワシ等じゃどうしようもない。未だに強風吹き荒れとりますが、明日無事に運航される事を祈るばかり。

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2019年06月14日 23:57|トラックバック:0コメント:0

まい・て・さおぱうろ 

5月5日
5月4日。ブラジルより日本人2名様到着。
どうやら住んどるのは日本らしい。サンパウロに居るご家族の処へ長期で遊びに来がてらの訪島みたい。

観光は翌5日と翌々6日。
先ずはリクエストのあった博物館へ。土曜日の昼過ぎ便で着いて火曜日の昼前便にて戻る滞在中に寄るとなると、このタイミングしかないワケ。

朝のうちに訪れないとモアイさん達が逆光になっちまうアナケナビーチは観光2日目に設定してみる。
が、お天道さんが低いこの時期は早く向かっても明るいご尊顔は拝めなかった。

時期的に仕方なく雲は多めだったモノの、ココゾなシチュエーションにゃ陽が燦々と。
後に行かれると仰っとったインカの遺跡に繋がるポイントも雨なしだったし。お疲れさんでした。

お2人は7日、予定通り帰途に就く。
とあるレストランで怪訝な応対に面喰っちまったそう。スンマセン、いつもはそんな店じゃない筈だから勧めたんだけれども…

そろそろ帰国されとる頃かと。
気分屋もソレナリに蔓延るラパヌイですが、嫌いにならんでくれたか知らん…?

ワシの古巣のペルーも満喫して頂けたかな?
どうあれご来島ありがとさんでした。

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2019年06月11日 01:15|トラックバック:0コメント:0

あんが・え・ふああい 

4月30日
4月29日。エアタヒチヌイのチャータ機で日本人100名強ご到着。
この頃短い間隔で飛ばしとるからか、前より人数が随分と少なくなった感。

兎も角コチラの仕事は変わらん。担当のポイントに居続けて来る方くる方の案内を繰り返すスポットガイド方式。
大人数を捌くにゃ仕方のない手段でして。

ワシに充てがわれたのはアナケナとオロンゴ。加えて急遽、タハイでの夕陽鑑賞ヘルプ。
実務はそれ程でもないんだが、場合によっちゃ拘束時間が長かったりする。

初日は機着陸後暫くしてから夜半に掛けて嵐のような様相。
観光する翌日からは回復傾向。少なくともワシが居ったポイントじゃ殆ど雨なし。
強い風は暫く続きましたけどね。海もかなり荒れとった。


今回はカミさんのご両親も来島。カミさんと娘が日本から帰って来るのに付き添ってくれた次第。
当のカミさんと娘もチャータ機でってのがベストだったんだが、島で離脱するんじゃダメってな催行側のポリシーだかなんだかで搭乗叶わず。席だって充分空いとった筈なのにケチだなぁなんて思っちまうのは自然だよね?

結局2人は30日のラタム便で帰島。
空港への迎えが間に合わんでスマン。

加えてタヒチ在住の友人まで添乗でやって来る。
3年振りだったのかぁ。次に逢う時ゃユックリ酌み交わしたいっすねぇ。

チャータ機はお義父さんお義母さんZさんを乗せ、5月1日の午後島を発つ。
天候はそんなに悪くなかったんじゃないかと。この時期にしちゃあね。
ご来島ありがとさんでした。

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2019年06月05日 12:39|トラックバック:0コメント:0

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